学力低下は錯覚?
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学力低下は錯覚である 著者:神永 正博 |
教育の世界にまつわる”常識”について、数値等の分析を元に、まったく異なる仮説を展開しています。
円周率を3として教える、は誤解である。昔も今も円周率は3.14であり、簡易的に3と教えてもよいと言っているだけである
昔も今も、学生の質は大きく変わっていない。これが意味するところは優秀な学生の全体に占める比率は大きく変わっていない。ただし、昔に比べると、飛びぬけて優秀な層と、飛びぬけて落ちこぼれている層が減っている。これはゆとり教育の成果(影響?)かもしれない
大学において学生の質が低下して見えるのは、大学の定員が学生全体に占める割合が増加しているため。つまり大学の定員が昔よりも増加しているからである。そのため、昔ならば大学に入学しなかった(またはできなかった)層が大学に来ているのだ。学生の総数が減少しているのだから、大学のレベルを一定に保つためには、大学の定員を減少させる必要があった。それにも関わらず定員を増やしているのだから、各大学における平均が下がるのは当然である
理系を目指す学生は今も昔も一定割合存在する。ただし、理系学部のうち工学部の人気が落ちているのだけなのだ。理系ばなれというのは正確ではなく、工学部離れでしかない。また理系だと生涯年俸が低いというのも錯覚である。比較対象となる文系は金融機関を中心とした給料の高い層を選び、理系のうち医学部など給料の高い学部を除いたものとで比較しているため、低く見えているのだ。そもそも金融機関などは理系でも就職できるのであり、この比較そのものがおかしい
☆☆☆--個々の現場において感じていることと全体としてみたときの姿は必ずしも一致しない。そのことをまざまざと感じさせてくれる本です。ゆとり教育だから学生のレベルが低下した、というのは学生・教員ともに言い訳でしなない、というところを心する必要がある。それとともに世間の常識が必ずしも正しいわけではない、ということを再認識できる本です。












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